宮崎駿2.0の臨界点 「崖の上のポニョ」見た
先日「崖の上のポニョ」を、家族で見てきた。
未だ多少の混乱を抱えているけれど、とりあえずの感想をまとめておこうかと思う。
まず端的に言って、この映画は前評判どおりの、なかなかの怪作である。
息子にとっては「かわいい」の一言に尽きるらしいこの作品は、僕にとっては「きもこわいい」の一言に尽きるものであった。
それはまるでデビッド・リンチの映画を3本続けて見たかのような、ひどく不気味な体験である。
作品の印象をざっと並べてみると、
- 絵本 + 超常現象 + ファンタジー + セカイ系 + 黄泉の国 meets マジックリアリズム
- 耽美的で唯美的な快楽的映像 vs 神話的で刹那的な物語的構造
- 無邪気な笑顔で世界を創造していく子供たち vs どこか達観とした表情で壊れゆく世界を受け容れる大人たち
要するにこの映画は、宮崎監督がもののけ姫以降に取り入れてきた表現の、ひとつの臨界点なのだろうと思う。もののけ姫からハウルに至るこれまでの流れがなければ、ここまでの思い切った心象風景を描き切ることは出来なかっただろう。
これらの要素が、高密度に圧縮され、一夜の子供の夢物語=現実となって、スクリーン上で容赦なく爆発する。
特にこれまでの作品とは違って、物語の冒頭から一気にファンタジーの側へと観客を引き込んでいくさまは圧巻だ。
しかしそれでも物語は完全にファンタジーに傾倒してしまうことはなく、終始現実とファンタジーの間を奇妙に揺れ動くポニョの世界に、僕は船酔いにも似た強烈な眩暈をおぼえるのだった。
確かにここまでは上々だ。監督のやりたいことは良く分かるし、その思い切った映像や世界観にはただ圧倒されるしかない。
しかし惜しむらくは、物語をどうにか上手くまとめようとする映画の力学に、宮崎監督は今回も抗えなかったという点だ。
もののけ姫やハウルでも見られた、観客への説明的配慮からくる物語の冗長性が、この作品をおさまりの悪いものにしている。
月が落ちてくるだの、世界を救うだのといった、突然の取ってつけたような言い回しは、この映画の圧倒的な美しさを損なうだけだ。
良くも悪くも宮崎監督と庵野監督との決定的な違いはこのあたりにあるのだろうが、ここまでの世界を描いておいて、最後どうしてもあちら側に抜けきらないのが歯がゆい。
めくるめく心象風景のみの圧倒的な迫力で最後まで押し切れば、間違いなく傑作の域に達していた映画だろうと思う。
映画というより映像として見れば、この作品は確かに美しい。
徐々に破綻していく物語の後半、自らが産み出した世界に飲み込まれていく宮崎監督の姿 (あるいは僕自身の姿) を目に浮かべ、僕は思った。